大井競馬場でデビューし無傷の6連勝『ハイセイコー』
1990年頃に起こったオグリキャップと武豊の活躍による競馬ブームを第二次競馬ブームと呼ぶのに対して、ハイセイコーの活躍によって起こったブームを第一次競馬ブームやハイセイコーブームと呼びます。
当時のスポーツ界では「輪島・江川・ハイセイコー」という大スターを表現する言葉まであったそうです。
ハイセイコーは、大井競馬場でデビューし無傷の6連勝。
そのいずれもが7馬身以上の差をつける圧勝でした。
中央競馬に移籍して弥生賞、スプリングステークスと連勝。
迎えた皐月賞でも早目に先頭に並びかける積極的な競馬で見事に勝利しました。
そしてダービー前にスクーリングを兼ねて出走したNHK杯では、先に抜けだした馬を捉えるのに手間取りましたが、なんとかアタマ差での勝利を飾りデビュー以来の連勝を10と伸ばしました。
こうして迎えたダービーでは、圧倒的一番人気(単勝支持率66.7%)と大きな期待を集めましたが、直線で一時は先頭に立つものの後続馬に差されてしまい、結果は勝ったタケホープから0.9秒差の3着に終わってしまいました。
圧倒的な強さを見せていたハイセイコーが敗れた理由としては、血統(母父が短距離血統)や過剰なまでの人気が鞍上の負担になったことも挙げられましたが、やはり厳しいローテーションが直接の敗因と言われています。
しかしブームをつくりだす程の注目を集めたハイセイコーの敗戦が、いま我々が当たり前に思える余裕のあるローテーションに繋がっていったのです。